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Column · 美術の楽しみ方

同じ大聖堂を、なぜ何度も描いたのか。モネ《ルーアン大聖堂》連作から考える、光と時間の面白さ

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クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面、陽光》1894年 — Rouen Cathedral, West Façade, Sunlight 全体・筆触を大きく見る ↗
クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面、陽光》1894年Rouen Cathedral, West Façade, SunlightNational Gallery of Art, Washington/Chester Dale CollectionPublic Domain · CC0 · 作品・画像の出典Courtesy National Gallery of Art, Washington
クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面》1894年 — Rouen Cathedral, West Façade 全体・筆触を大きく見る ↗
クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面》1894年Rouen Cathedral, West FaçadeNational Gallery of Art, Washington/Chester Dale CollectionPublic Domain · CC0 · 作品・画像の出典Courtesy National Gallery of Art, Washington

左右の作品を見比べてみましょう。画像を選ぶと別タブで全体を大きく表示できます。スマートフォンでは横にスワイプできます。

同じ風景を毎日眺めていても、その印象がいつも同じとは限りません。朝のやわらかな光に包まれた街並みと、夕暮れの赤い光を浴びた街並みでは、まるで別の場所のように感じられることがあります。晴れた日には明るく鮮やかに見える建物も、雨の日には静かで落ち着いた表情を見せます。

私たちは普段、建物や風景を変わらないものとして認識しています。しかし、実際に目にしている景色は、太陽の位置や天候、空気の状態によって絶えず変化しています。

そんな当たり前のようで、意識しなければ見過ごしてしまう現象を、ひとつの絵画表現として追求した画家がいます。フランス印象派を代表するクロード・モネです。

モネは1890年代、フランス北部の都市ルーアンにある大聖堂を繰り返し描きました。制作された作品は30点以上に及びます。ほとんど同じ建物を描いているにもかかわらず、それぞれの絵から受ける印象は驚くほど異なります。

なぜモネは、同じ大聖堂をこれほど何度も描いたのでしょうか。

モネが描こうとしたのは、大聖堂そのものではなかった

《ルーアン大聖堂》連作の題材となったのは、フランス・ノルマンディー地方にあるルーアン大聖堂です。精緻な彫刻と複雑な装飾で構成されたゴシック建築の壮麗な外観は、それ自体が十分に魅力的な絵画のモチーフといえるでしょう。

しかし、モネが強い関心を寄せていたのは、建築物の形を正確に記録することだけではありませんでした。彼が探求していたのは、建物に降り注ぐ光と、その光によって刻々と変化する色彩や印象でした。

モネは1892年と1893年にルーアンを訪れ、大聖堂に面した建物の部屋などを制作場所として、正面のファサードを繰り返し描きました。朝から夕方まで、時間とともに変化する光を観察しながら、複数のキャンバスを使い分けて制作していたといいます。

ここで興味深いのは、モネが光の変化に合わせて、描くキャンバスそのものを切り替えていたことです。

例えば、ある時間帯の光を描いている途中で太陽の位置が変われば、その絵をいったん置き、次の光の状態に対応する別のキャンバスに取りかかる。ひとつの作品を完成させてから次を描くのではなく、いくつもの作品を並行して制作することで、移り変わる光の印象を捉えようとしていたのです。

建物自体は動いていません。それでも、モネの目の前にある大聖堂は、時間の経過とともに絶えず姿を変えていました。

同じ建物が、まったく異なる色に見える

クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面、陽光》1894年 — Rouen Cathedral, West Façade, Sunlight 全体・筆触を大きく見る ↗
クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面、陽光》1894年Rouen Cathedral, West Façade, SunlightNational Gallery of Art, Washington/Chester Dale CollectionPublic Domain · CC0 · 作品・画像の出典Courtesy National Gallery of Art, Washington
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クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面》1894年Rouen Cathedral, West FaçadeNational Gallery of Art, Washington/Chester Dale CollectionPublic Domain · CC0 · 作品・画像の出典Courtesy National Gallery of Art, Washington

左右の作品を見比べてみましょう。画像を選ぶと別タブで全体を大きく表示できます。スマートフォンでは横にスワイプできます。

《ルーアン大聖堂》連作を見比べると、まず印象的なのが色彩の違いです。

ある作品では、大聖堂の外壁が温かみのある黄色やオレンジ色に染まり、強い日差しを浴びた石造りの建物が輝いているように見えます。一方、別の作品では青や紫、灰色が画面を支配し、建物全体が冷たい空気や薄い霧の中に溶け込んでいるような印象を受けます。

描かれているのは同じ大聖堂なのに、作品によって建物の色そのものが違って見えるのです。

もちろん、実際の大聖堂の石材が、時間ごとに黄色や青色へ変化しているわけではありません。私たちが物体の色として認識しているものは、光の当たり方や周囲の環境によって、その見え方が変わります。モネはその変化を注意深く観察し、絵画として表現しようとしました。

さらに興味深いのは、こうした色彩が必ずしも現実の光景を機械的に再現したものではないということです。モネは実際に見た光の印象を出発点としながらも、色彩や筆遣いを調整し、自分が感じ取った視覚的な効果を強調しています。

そこには、単に現実を記録することとは異なる、画家自身の解釈があります。

大聖堂を正確に描写することが目的なら、これほど多くの作品を制作する必要はなかったかもしれません。しかし、光によって変化する大聖堂の姿を表現しようとすれば、ひとつの絵だけでは十分ではなかったのでしょう。

近づいて見ると、建物が色の集まりになる

拡大画像も作品の全体を収めています。別タブで開き、ピンチ操作やブラウザーの拡大機能で細部を見てみましょう。

モネの作品を鑑賞するうえで、もうひとつ面白いのが、絵を見る距離によって印象が変わることです。

《ルーアン大聖堂》連作を少し離れた位置から眺めると、複雑な装飾を持つ大聖堂の姿が浮かび上がってきます。光を浴びた壁面や深い陰影、建物全体を包み込む空気感まで感じられるようです。

ところが、画面に近づいて細部を見てみると、そこには必ずしも建築の輪郭が明確に描かれているわけではありません。さまざまな色の絵具が重ねられ、短い筆遣いや厚みのある絵具の集まりによって画面が構成されています。

遠くから見ると石造りの大聖堂だったものが、近づくと色彩と筆触の集積として見えてくるのです。

私たちは普段、建物の輪郭や形を手がかりにして、それが何であるかを認識しています。しかしモネの絵では、輪郭を明確に描き込むこと以上に、光を受けた色彩の関係が重要な役割を果たしています。

これは印象派の絵画を楽しむうえでも、興味深い特徴のひとつです。

近くで見ると一見無造作に置かれているような色が、少し離れることでまとまりを持ち、ひとつの風景として立ち上がってくる。作品との距離を変えるだけでも、画家がどのように世界を捉えようとしたのかを感じることができます。

一瞬の印象を描くために、時間をかけるという矛盾

《ルーアン大聖堂》連作について知ると、少し不思議に感じることがあります。

それは、刻々と移り変わる一瞬の光を描こうとした作品でありながら、その制作には非常に長い時間が費やされているということです。

モネはルーアンで観察と制作を重ねた後、作品を自宅のあるジヴェルニーのアトリエに持ち帰り、さらに手を加えました。現地で見た光景をその場で描き終えるのではなく、それぞれの作品を調整しながら、連作全体としての色彩の関係にも向き合っていたのです。

1895年には、完成した作品のうち20点がパリでまとめて公開されました。

一瞬の視覚的な印象を表現するために、何度も観察を重ね、長い時間をかけて絵具を塗り重ねていく。その制作過程を考えると、印象派という言葉から連想する、瞬間的な感覚をそのまま素早く描くというイメージだけでは説明できないものがあります。

モネにとって重要だったのは、単に一瞬を記録することではなく、その瞬間に感じた光や色彩を、絵画としてどのように成立させるかということだったのかもしれません。

そして、異なる時間帯の作品を並べることで、一枚の絵だけでは表現しきれない時間の移ろいが見えてきます。

同じ大聖堂を描いた作品の集まりが、ひとつの長い時間を表現しているようにも感じられるのです。

変わらないものを見つめることで、変化に気づく

《ルーアン大聖堂》連作の魅力は、特別な建築物を美しく描いたということだけではないと思います。

むしろ、同じ対象を繰り返し見つめることによって、普段は見過ごしてしまう変化を発見できるという点に、私は面白さを感じます。

例えば、毎日の通勤で目にする街路樹や、いつも通る道にある建物でも、朝と夕方、晴れの日と雨の日では見え方が異なります。季節が変われば太陽の角度も変わり、同じ場所であっても色彩や影の形は少しずつ違ってきます。

普段の生活では、私たちはそうした違いを意識することなく、いつもの景色として通り過ぎてしまいがちです。

しかし、少し立ち止まって眺めてみると、見慣れた風景にもさまざまな表情があることに気づきます。

モネがルーアン大聖堂を繰り返し描いた行為は、そうした日常の風景の見方にも通じているように思えます。

何を描くかだけでなく、どのように見るか。同じものを見ていても、何に注目するかによって、そこから得られる発見は大きく変わるのです。

美術は、世界の見方を増やしてくれる

以前紹介した黒田清輝の《智・感・情》についても、絵画にはさまざまな表現の考え方があり、同じモチーフであっても画家によってまったく異なる作品が生まれるという面白さを感じました。

モネの《ルーアン大聖堂》連作は、それとは少し違う角度から、美術の多様性を教えてくれます。

同じ画家が、同じ場所から、同じ建物を見つめていても、そこにはひとつとして同じ瞬間はありません。光が変われば色彩が変わり、空気が変われば印象が変わります。画家はその違いを見逃さず、絵画という形に残そうとしました。

そう考えると、美術作品を鑑賞することは、ただ美しいものを見ることだけではないのかもしれません。

自分では気づかなかった色の変化や、普段とは異なるものの捉え方に出会うこと。そして、画家が何を見つめていたのかを想像しながら、自分自身の視点を少し広げてみること。

変わらないと思っていた風景にも、無数の表情がある。モネの《ルーアン大聖堂》連作は、そんな世界の豊かさに気づかせてくれる作品だと思います。

次に美術館でモネの作品を目にする機会があれば、描かれている建物や風景だけでなく、そこに表現された光や色彩にも目を向けてみたいと思います。そして美術館を出たあと、いつもの街並みを眺める目も、少し変わっているかもしれません。